手指鍼を教えること その1

手指鍼を習いたい方たちに教える意味は何なのか?

それはこの鍼を習い始めた17年ほど前から考えていました。

それは特殊な鍼であるからと言うこともあります。

またそれ以前から様々な鍼のセミナーに行き、セミナーを受けるというのはどういうことなのか、セミナーを催すということはどういう意味を持つのか、考え続けていました。

端的に言えば、自分の研究理論を壇上で話しそこに喜びを持つ方、何かわからないけれど俺についてこい、ついて来れば何とかしてやる、こんな二つの流れがあるんじゃないでしょうか。

前者は良いですよ。

講座修了とともに関係なし、あとは個々人の研究次第ですから。

後者は良い指導者なら、少なくても治せて食べられるようになり、中には立派な治療家になったりするものも出るでしょう。

しかし一見後者のような形をしていて、何にも得るものが無いというのもありました。

初回のセミナーで一人がいきなり立ち上がり「先生今年は日程の都合で回数が減りましたが、来年はまた元の通りに戻してください。お願いいたします。」

直立不動大声で叫んでいました。

「先生あなたのためなら、たとえ火の中水の中、死んでもこの身体捧げます」みたいだなあ?大変なところに来ちゃったなあと思いました。

数年後長野式のセミナーで彼に出会ったので、その後どうなったかを聞きました。

ひとこと「あんなの!」

と言って今は駐車場の管理人をしているそうでした。

う~ん!考えさえられますね。

我が金成万師は外国人と言うエクスキューズはあったとしても、一人前に育てる気はありませんでした。

気の治療だったからそこのところは教えられなかったのでしょう。

まあ仕方なしで、ほとんどのセミナーもそこはスルーしてしまうので、彼が特別だったとは言えないでしょう。

弟子入りになるとそうもいっていられません。

2年の期間で一人前にしなければならない、暗黙の義務と了解がある契約と考えてよいでしょう。

つまりそこには責任が伴うことになります。

13,4年前に鍼灸雑誌「医道の日本」に、高麗手指鍼再考と言う文章を載せました。

電話で問い合わせがあり、教えてほしいというものでした。

日本語訳の本「手指鍼講座」もない時だったので、手がかりもほしかったのでしょう。

しかしその当時治せても、自信ある理論独自の技術はありませんでした。

1つだけを除いては。

まだ高麗手指鍼は五里霧中で、やっと少し景色が見え始めた程度でした。

教えるなんてできません。

況や教えた治療家の将来を背負って経つほどの自信も責任も負えませんでした。

自分が治せて理論立てて教えられるまで、講座の開設は待とうと考えていました。

高麗手指鍼は素晴らしい能力力を秘めた治療法と考えています。

しかしそれまでその能力を引き出したとは言えませんでした。

わが金成万師が癌の治療に成果を上げていたのは気の力であって、決して理論や鍼技術に特別なものがあった訳ではありませんでした。

その所を知っておかないと失敗することになります。

ある人は伝統的な鍼では成功していたのですがこの鍼にほれ込みすぎて、一気に模様替えをしたら患者がいなくなってしまったのでした。

その方は気のことにもかなりのめり込んでいたようでしたのですが、それを治療に反映するまでは行っていなかったので、そのような結果になったのかもしれません。

その後は元の治療に戻られたようでした。

いまお一人もやはりこれだと思ってベットをすべてなくし、椅子にして始めたらやはり患者は一人も来なくなったそうでした。

しばらくすると電話があり「先生まだあの獄門鍼をやっているんですか?」と聞かれたそうです。

いきなり始めた鍼が拷問のように痛かったので、獄門はりと言ったのでしょう。

でも以前の伝統的な鍼をやってほしく、また電話をかけて来たようでした。

この方はのちに自費出版をしようとしてゲラを韓国手指鍼学会に送り、内容が会長の著書と同じだったので却下されたそうです。

日本では前に述べたように、単に珍しいだけではこの鍼は生き残れないのです。

伝統的な鍼の延長で行っても、良い成果は期待できません。

同じようにやって、リウマチ糖尿病免疫疾患は治せません。

それなりに工夫を加えて行わないと、高麗手指鍼としての効果は出せません。

中国鍼これも様々な形の中国鍼があり、単に太い鍼治療、鍼を刺して通電治療、その他中国人が行っているからと言うのも、日本人からすれば中国鍼なのでしょう。

中国が鍼の本場と言うのは日本人の潜在意識に刷り込まれているので、これは一つのブランド力があります。

高麗手指鍼、韓国の鍼と言っても「へ~え!韓国にも鍼治療があるんだ」程度になってしまうのです。

ですから治療内容で生き残っていかないとなりません。

韓国の素人療法では日本では生き残れません。

と言うわけで今までどの様にしたら良いのか研究を重ね、治療で効果を出し検証してきたのです。

その結果これなら講座開設し、受講者がこの鍼を使って治療院を維持できる、そのレベルにまで来たと自信ができたのです。

高麗手指鍼は伝統的な鍼の延長にある治療法では決してありません。

四十年前に韓国で柳泰佑師が発見発明した時から、一見中国二千年の鍼灸治療の歴史の延長にあるように見えますがそうではありません。

全く頭を切り替えて取り組まなければその習得には至りません。

伝統的な鍼治療で実績を上げているなら、その切り替えは慎重に行わなければなりません。

鍼灸治療の実績がないなら、頭の方の切り替えはもっと大変かもしれません。

私も習い始めは頭がキリキリ痛む思いでした。

脳みそを180度回転させる思いでした。

その経験を通過してからその次の段階に入るのです、これも大変な試練になるのです。

わが金成万師のセミナーでの教え子は、亡くなるまでにざっと100人になるのでしょうか。

いまその中で治療を実際にしているのは、ほんの数えるほどしかいません。

生き残るのには大変なことです。

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