手指鍼を学ぶ意味 その3

単に珍しい鍼を前面に出して商品の差別化は、特に日本のような医療類似行為とされるもの、それ以外のおびただしい種類の治療が存在する中では意味を持ちません。

習い始めたころは、服を脱がないので患者さんに負担がない、身体に刺すより副作用などの起こることが少ない、等々を説明していました。

欠点は他の鍼に比べても痛いということでした。

痛みに弱い特に関東の人間は、もうそこで敬遠していると思っていました。

ところがある時から患者さんが「痛い痛い!」と言わなくなったのです。

寝る前に自問自答が続きました「なんで最近は痛いと言わないんだろう」と。

もしかすると鍼の刺し方が上手くなったんだろうか?そんな馬鹿なことも考えました。

そこで常連の方に思い切って聞いてみました。「鍼痛くないですか?」

帰って来た答えが「痛いに決まっているじゃないですか」でした。

当然です。

それまで様々な工夫を加えても解決が付きませんでした。

大学で電気を先行した同級生にも聞きましたが、そのような痛みを一瞬で抑える方法は現在ないとのことでした。

気を散らして抑える方法も、治療の中で行うには難しそうでした。

そこでなんで患者さんが増えたのかと考えると、それは病院でもそのほかでも治らないので、その治療法を求めて来たんだと言う結論になりました。

その頃は開業してから4,5年は経過していました。

すでにがんの完治症例もあり、坐骨神経痛は3,6,12回にこのように痛みが変化して行って、治りますよと説明できました。

糖尿病の神経症状などは一瞬で消え去るような器具も作成し、試してその効果を確認していました。

後縦靭帯骨化症で初期の軽いものなら10回程度で症状を取ることも出来、10年は進行しないと医師にいわれ治療を終了した患者さんもいました。

このころは運動器疾患、神経痛、免疫疾患調整の基礎理論と技術は完成させていました。

また高麗手指鍼の中では語られてこなかったことも、誰にも分かりやすく説明したので、今ではそれも韓国手指鍼学会では採用されています。

つまり日本の中で鍼が生き残る、特に痛みと言う欠点を備えている高麗手指鍼が、普及していく最低でも生き残るには西洋医学のレベルにまで達し、あるいは今以上に補完出来るところまで行かないとならないと考えたのです。

従来の伝統的な鍼なら痛くなく気持ち良い鍼で、かなりの疾患は治せるはずです。

それが出来ないのは教育の欠陥があるからです。

卒業後の教育の中で「気」と言うものを教えられない、そこに存在価値があることを考えかつそれが備えられるようにしてくれる講師がいない。

とはいえ今の風潮では「何でも教えてくれるんだろ?お金を払ってんだから当然だ!勉強や努力はしたくない、学校でもしてこなかったんだから」があれば、誰だってそんな馬鹿に何十年も努力をして、辛酸をなめた上に獲得したものを簡単に教えるはずはないのです。

私が鍼灸学校2年生になった時のこと書きました。

下級生の評判が悪いのです。

我が校は授業料が安いのに引き換えて、掃除は順番で行うことになっていました。

それをやらないのです。

先生に敬意を払わないのです、挨拶もできないようでした。

「入学前に鍼が一番やりたくそれが一番、その下があんまだ!」と言い放つ、アホが入ってくるようになったのです。

トレーナー世界では神のような存在の井上良太先生が按摩の先生で、授業中に怒り心頭で「お前ら鍼も按摩もおんなじことやってんだ。気で治しているんだ」と、温厚な先生が起こるなんてきっとバカ学生が上記のようなことを言ったんだなと内心で思いました。

あんまは手で病気を治せるんです。

温めることも冷やすこともでき、なおかつ骨折ひびなども治療できるんです。

それがトップレベルのあんまの技術なんです。

そんなのどこの馬の骨化も分からない人間に、簡単に教えるでしょうか?

お金を払えばだれでも参加できるセミナーで、簡単に教えるでしょうか。

そこで簡単に身に付きますか?

本に書いてありますか?読んだだけでできますか?

出来ないですよね。

それが鍼灸あんまの東洋医学の世界なのです。

つまり文化ですよ。

先生たちが嘆いていたのを同級生の理事の息子が話していたので、「この学校の先生は開業もしていて、かつ東洋医学の専門家だよね。診断に望聞問切があるのに、偏差値の高い生徒が集まって来たので舞い上がって、点数だけで選んでしまったんで誤った選択をしたんだ。もっと面接をすべきだ」と言ってやりました。

翌年は先生方も反省したのか、とても良い生徒が性格のことでしょうが入学したとなったようです。

これも井上先生が授業中に仰ったことです。

「鍼のベテランの方はこの感覚はあの病気、この感覚ならあの病気と分かるんだよ。」

「でもそのことは分かっていても決して本には書かない」

つまり教えてもらうことしかないのです。

鍼は文化なので、伝えてもらうことの比重が高いのです。

先達を敬う、リスペクトしない世界では、東洋医学は伝承されていかないのです。

学生の1年生の頃本を備えれば良いと分からずに、代田文誌や木下晴人師の本を買いました。

でもあれでは治せないでしょう。

人の評判でも同じでした。

代田文誌著「鍼灸真髄」医道の日本社刊 が名著とされています。

裏では澤田健を達人に祭り上げ、自分が有名になったと言われていると聞いたことがあります。

確かに澤田健師の業のすごさは理解できます。

しかし肝心なこと、澤田健が言葉に出さず行っていたことを、見て取れなかったことです。

見学時の代田文誌師は自ら記しているように、未熟な鍼灸師でした。

だから見落としていた肝心なことが大きかったか、なにを質問していいのかも分からなかったのでしょう。

沢田健はお灸の達人と言われますが、整体も行っていたのです。

それと韓国に行っていたこともあり、そこで何かつかんで帰って来たのかもしれません。

帰国してから大きく師の活動が変化したので、これは根拠のないことではありません。

ここまで何を言いたいかと言うと、文字に起こせることは治療家の本の数分の1程度だということです。

本を何冊読んで理解したら、そこで語られていることからヒントを得て、自ら創造する治療にしなければなりません。

それ以外の文字は何の意味も持たないのが、この世界であると私は考えています。

昨年久しぶりに韓日手指鍼学術大会に参加しましたが、鍼治療の発表は日本人だけでした。

韓国では高麗手指鍼ではなく、新しく会長が作った瑞金療法へと変化しているのです。

私が考えることは、金先生のように無資格者でも実際に治療していた頃は、実例も豊富でした。

しかし取り締まりが厳しくなりもぐりで治療を行えなくなり、その後素人でも職業選択の自由で自分への治療は合憲と判断された今は、逆に資格取得者は高麗手指鍼を行っていません。

結果今のように素人が営業まで行える、瑞金療法と形を変えて存続しなくてはならなくなったのです。

欧米からも参加者がありましたが、依然来られて治療の発表をされたオーストリアの病院の医師も、されたのかもしれませんが印象にも残っていません。

日本が頑張らなければ、カリスマの会長がいなくなれば、消滅していくなおではないかと危惧しています。

しかし前に述べたように、日本の治療世界の中で生き残りを図るには、腰痛肩こりの世界から一歩抜きん出なければならない、そんなジレンマが多くの鍼灸師にはあるはずです。

手指鍼はただ研究していくと、無限の可能性を感じます。

そこに生き残る可能性があるのではないでしょうか。

手のひらを単に体に見立てるのではなく、脳神経をそこに描き様々な脳神経疾患治療にも出来るようになりました。

フランスのポールノジェ博士の考え方を取り入れて、電圧をかけて手のひらに身体の地図も脳の地図も、ディメンション1、2、3と描くようにできました。

さらに陰陽調整とは何か、経絡の調整は従来通りですが、ツボの補寫はどうするのか、その陰陽の補寫はどの様なのか、まだまだ探れば探るほどこの高麗手指鍼の秘めた力は無限大の可能性を感じます。

そこがこの鍼の他との差別化の本質があると考えるのです。

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