手指鍼を学ぶ意味 その4

学生時代東洋鍼灸専門学校には、伊藤瑞鳳先生がいらっしゃいました。

3年生の実技の担任でした。

柳谷素霊には錚々たる弟子がいましたが、その末席の方に位置する年齢だったのでしょうか。

治療院も経営し自らの勉強会を催し、そして本を出版もされていました。

何故か評判が悪かったのです。

上級生から悪評の順送りみたいにしてきて、もう授業を受けるはるか前から、先生の授業では出版物を売りつけられるから買わないようにしよう、そのような話がありました。

私はまだ教わってもいない前に判断するのは良くない、せっかく先生が書かれた本なのだから、お金がどうしてもない生徒以外、極力購入しようと話しかけました。

するとどうしても経済的な余裕がない生徒と先輩から譲り受けたものなど、数名以外の全員が購入を決めました。

すると何年か前からかは分かりませんが、先生と敵対してきた生徒と今年は違うと先生は感激し、すべての本にサインもしてくれました。

「君たちは十年に一度の素晴らしい生徒だ」とも言ってくれ、さらに「もう私も年なので君たちには何でも教えてやる」とまで言ってくれました。

生徒は先生を敬いそれを受けて先生も教えてやろうという気が起きるのですね。

昔の鍼灸師の技術を見せてもくれました。

それと私が一番気に留めている言葉があります。

「腰痛で患者さんが来ても、その裏には必ずと言っていいほど内臓疾患が潜んでいる。それも治してやらねねば、患者さんの口コミは望めない」と言うものでした。

腰痛肩こりだけだったら患者は整骨院の方が安価なので、そちらに流れてしまいます。

他で腰痛が治らない患者は、このような疾患を持っていることがあるのです。

病状としてあるわけではなく、身体の中に潜んでいる危険性を治すという、東洋医学のまさに真髄を行うということです。

でも伝統的な鍼ではそこまで到達するには、相当な年数と努力が必要になります。

弟子入り制度の壁もありますしね。

そこまで到達すれば隣に病院が出来ても、整体や鍼灸院などが出来ても、口コミだけで患者が押し寄せるになるのではないでしょうか。

実際友人にもそのような典型的な方もいます。

鍼の痛みはないし、身体が軽くなり病気が治れば、それをほかの患者に紹介したくなるはずですよね。

伝統的な鍼は教わることが多いですよね。

伊藤先生が授業の中でツボ押しをしてくれました。

合谷でしたが本当に痛かった、昔の鍼灸師のツボの押さえ方はこのようなものかと、今までどこにもそのような経験がなかったので本当に驚きました。

ツボの効用を習うのではなくツボの探し方とらえ方は、伝統的な鍼では教わらなければなりません。

微妙なさじ加減とでもいうのか、少しへこんでいて湿り気があるのがツボだ、ととらえる先生もいます。

高麗手指鍼はこのツボさがしが必要ありません。

何故かと言えば手のツボは動かないからです。

身体のツボは治療して効果が出てくると、筋肉バランスが崩れてツボも動きます。

余談ですが、山下先生は柳谷素霊について、地方へ治療に行くことがあったそうです。

先乗りの人間が「東京から有名な鍼灸師が来て治療をしてくれます」と町や村に触れ回るだそうです。

そして素霊師がツボに印をつけ山下先生がお灸をすると言った、流れ作業のような治療をお寺などでおこなったそうです。

「先生ツボがずれています」と言うと「よく患者を見ろ、身体が曲がっているだろう。それでいいんだ」

確かに患者の身体を見ると、労働で歪んでいる体だったそうです。

ツボも動くずれるのです。

ツボの取り方から習わなければなりません。

手指鍼ではこれがないので、私にとってはとても良い治療法でした。

あとはツボの運用が勝負だと考えていました。

その代り神経痛を劇的に変化させる刺鍼法、身体の歪みを手のひらで治せる方法、免疫調整理論などを考えれば、他との競争に負けることはないと思っていました。

伝統的な鍼から見れば手指鍼にもデメリットはあります。

手指鍼からすればその逆と言うことです。

しかし両者ともメリットを極めて内臓疾患まで治せるようになれば、それこそが商品の差別化であり盤石の鍼灸師に成れるはずです。

手のひら先生高麗手指鍼講座では、これらをシスティマティックに教えられるよう、いまはカリキュラムを考えています。

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