手指鍼を教える意味 その3

手指鍼を研究していくと、人間の進化をなぞっていくように思えます。

鍼灸を学び始めた時に発生学を学べば、人間の神秘と鍼灸の発展に貢献出来ないか、な~んて考えたことがありましたね。

受精卵が2分割鍼灸のし4分割し、と言う風に成長していく中に、何か鍼灸のヒントが無いかと考えたことがありました。

それは内胚葉中胚葉外胚葉と同じものから分かれる臓器器官が出来上がるからです。

このように考える人が何かで読んだことがありました。

でもその後どうなったのでしょうか?

私は今はそんなのなんの役にも立たない考えと思っています。

でも分かりませんね、何百年か何千年か生理学解剖学が進んで、やっぱりあれは先見の明があったなんてことになったりして。

それはそれとして、進化の過程で我々が獲得してきた変化進化には、注目してそれを取り入れないと、鍼灸の発展進化はありません。

授業で先生が治せないと鍼灸は消え去ってしまうので、私の技術を教えるなんて言ってました。

でも彼の治療は旧態依然とした気の治療、鍼を使った気功から抜け出せてはいませんでした。

同級生と臨床実技を見ながら、二人であの先生の気のパワーなら、何でも治せるよなあとうそぶいていました。

オーラを見るとガンガン刺しでから、被験者の生徒に入っていく気が見えました。

ツボも糞もないのです。

その生徒のその症状にもっとも効くツボに、自分の気を送りこんでいるだけなのです。

それでも鍼灸は間違ってはいない、二千年前からの鍼灸術なのです。

唯一欠点と言い得るのは、自分が気で治していることを自覚していないということだけでしょうか。

運動器疾患や軽い内臓の疾患程度ならそれでも良いでしょうが、現代医学でも対処の仕様がない物には、まったくお手上げになってしまいます。

勿論気の医学なので治療家が気功を学ぶことは基本中の基本です。

ただ気功師じゃないのだから、そこから先の理論を構築しなけらばなりません。

むかし漢方薬のセミナーに参加したことがあります。

講師の先生が仰っていました、東洋医学は黄帝内経にしたがって理論構成がなされている。

しかし何しろ二千年前に考えられた医学なので、解剖なんぞも間違っている。

したがってそれらは現代の医学で調整していかなければならない。

当時の解剖は東洋医学は内科しかなく、結局解剖を行ったのは素人同然の漢方医でした。

だから肺が土人の腰みののごとく、葉っぱが垂れ下がったようになっているのですね。

漢方薬も気血水を1500年も研究しているようですが、いまだこれらの調整に完成を見ていないようです。

何らかの打開策を講じなければ、未来が開けているとは思えません。

漢方薬だって新しい配合は新薬で、治験をしなければならないのです。

だから日本では朝から晩までコマーシャルを打っている「痛散湯」は、第二類医薬品として薬剤師でないと販売できないと言ってますよね。

昔ながらの処方薬は、一千年以上の人体実験があって生き抜いている処方なので、それは信頼できるのです。

でもいま中国では次々に新し配合で漢方薬が出来ているようです。

未来に向かっては良いかもしれませんが、果たして段階を踏んだ伝統を踏まえた未来に続く医療なのかは、少々危惧するところですね。

では鍼灸にとってはどうなるのでしょうか。

新しいツボの発見でしょうか。

それはもうツボ自体は500あるとも言われているので、これ以上のツボの発見は無いと考えます。

星の発見じゃないのですから。

それよりもちょっと前に発表された、故長野潔先生の理論のように新しい観点から、新しい鍼灸治療の構築がなされる方が、発展に寄与すると思います。

手指鍼は私の独自の研究からすると、理論を立ててツボを見つけていくと、従来のツボが全く新しいツボとして出てくるのです。

例えば40年前に発見された当時の、手のひらに対応する脳神経や内臓のツボは一対一でした。

しかし今私が発見した脳神経のツボは、中指の先だけにあるのではありません。

手のひら全体に分布するのを発見しました。

そのことが脳神経の疾患に効果を出し始めたのです。

また位相(ディメンション)と言う考え方を取り入れると、さらに異なるところにツボが次々と現れると言った具合です。

そして裏と表陰と陽を考えると、無限の治療法が広がってくるのです。

これは何なのか?

いま考えを深めている最中なのですが、それが何万年もの進化してきた人間の、その進化を表していると考えると、高麗手指鍼を教えること学ぶことは、ロマンあることと思えませんか?

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