手指鍼を学ぶ意味 その5

高麗手指鍼が生まれて四十年です。

中国鍼灸の歴史は一応二千年と言われています。

個人的には一万年ぐらいはあるのではないかと考えていますが。

二千年の歴史で鍼は進歩してきたのでしょうか?

黄帝内経素問霊枢経が完成されたとされる紀元前260年には、中国ではその理念が、韓国では五治処方、日本では経絡治療と言う根本治療の考え方がありました。

その中で完成された理論は韓国で五百年前に、舎岩と言う坊さんが考えた五治処方だけなのです。

日本で経絡治療の考え方を持ち込んで研究させた柳谷素霊も、このままではまずと考えたのか日本で独自に研究をさせたのでしょう。

しかしいまだそれは完成されていないというのが一般の考えです。

中国では気の調整はしてない、または治療家の意識だけなのかもしれません。

天安門以降の中では伝統的な鍼灸師は絶えてしまったのか、ツボ治療気功治療のごとくに見えますね。

韓国で生まれた高麗手指鍼はいろいろな不幸なことが重なった環境にあります。

まず日本が占領していたので(異論はあるかもしれないが)、日本と同じで鍼灸師の社会的な地位がとても低い。

これは明治政府が富国強兵政策で東洋医学撲滅の一環として、このような社会的な風潮が出来上がって来たのかもわからないですね。

ですから日本や欧米のように資格取得は簡単にはいきません。

もし私のように働きながら夜間のクラスで3年間通えばと言うわけにはいかないのです。

大学の漢方医のコースに進学しなければなりません。

これでは40歳前後から東洋医学に目覚めると言う風潮の中では、優秀な人材は流れ込んでは来ません。

ところで手のひらと言う全く別次元の治療の場所は、従来の鍼灸が治療しえなかった場所まで治療可能に変えたと言えます。

それは脳です。

韓国でも日本でも知りうる限り手のひらを脳に見立てて、脳神経疾患治療を行っていることは聞いたことがありません。

フランスのポール・ノジェ博士の耳鍼だけが、その可能性を秘めていますが。

耳には気の流れがないので、補寫と言う概念は取り入れられていません。

鍼灸師の立場から見れば残念なところではありますが、医者が創造した鍼治療だから気と言う概念がないのです。

頭皮鍼や山元式新頭針療法(YNSA)でも脳のツボが、ゾーンとして確定されていますが細かな調整をする場所ではありません。

そのような意味ではまだ私のみが研究を行っていると言える、手のひらを使っての脳調整方が唯一と言えます。

まだ完成とは言えませんが、患者さん自身の手のひらを使っての治療では、今までにない治療効果が出ています。

脳溢血後遺症、パーキンソン病は格闘してきましたが、ここでやっと先が見えてきました。

またまだ1回と少ないのですが、進行性核上麻痺も今までにない反応が出ているようです。

高麗手指鍼を生活の糧を得るための珍しい鍼と考えていると、ちょっと習得には難しいものがあります。

韓国では上記のような複雑で面倒くさい環境がありましたので、素人が習い行ってきた経緯があります。

そこで素人が出来るんなら自分もできるはず、こう考えることはとても危険なことです。

日本の伝統的な鍼治療を学んで来れば来たほど、急ブレーキをかけながら90度のカーブを曲がらなければならない思いがするのです。

時には頭がキリキリと締め付けられるかもしれませんね。

切り替えは慎重に行わなければ失敗するかもしれません。

何か理由は明かさなかったのですが、手指鍼学会の日本窓口の事務の人間が、突然日本の鍼灸学校に留学することになったと電話してきました。

彼は若い時に国立大学の留学経験もあり、日本での生活に自信を持っていたのでしょう。

説得1時間でも諦めませんでしたね。

これは推測なのですが、わが金成万師が日本で大成功を納めていた時なので、自分も韓国人それも手指鍼学会にいてこの鍼は知っている、自信があったのでしょう。

日本では資格鍼灸師はごまんといます。

いまは学校が増えたので十万以上いるかもしれませんね。

卒業してから外国籍の人間に開業の門戸は開かれていません。

それにしても中国人の鍼灸師がいるのはなぜなんでしょうか?

卒業しても日本に残れないよと注意しましたが、結局卒業とともに帰国し今は音信不通です。

手指鍼は周りの風景が一見入りやすく見えるのですが、実はとてもそこで生き残るには難しい、そのような環境が日本国内にあります。

流行っていたのにこの鍼に後先考えず業態変換して、結局患者が一人もいなくなったという人をお二方は知っています。

日本では腰痛肩こり程度を治せても生き残りを図るには難しいのです。

病院や他の治療所では治せないものを、頼ってこられたら治せるところにしないとならないのです。

難しいですね。

だから研究をしなければならないのです。

我が金成万師は基礎は教えてくれました。

破格の授業料で。

でも治せるまでは指導はしてくれませんでした。

先生の治療は気の世界だったので、それは教えられなかったのかもしれません。

韓国での治療の中では先生は気の世界にはいなかったようで、日本に来てからのことらしいのです。

なぞですが。

しかしこの高麗手指鍼一生モノです。

なぜって今は道なき道をあるくのではなく、「自分の前に道はなく、自分の後に道は出来る」状態なので、知らないことだらけなのですが、楽しさがあふれているのです。

この楽しさはどこから来るのだろうかと問うてみれば、それは創造主が作った人間と言う精緻な生き物が、どのようなメカニズムなのかを解明していくものであるもかも知れませんね。

あなたもこの楽しさ知りたくないですか?

生活の糧を高麗手指鍼に求めるのは難しいかもしれません。

伝統的な鍼の先生を探し、弟子入りするのが最も確実な上達の早道です。

しかしながら高麗手指鍼はこれからの未来に繋がる鍼治療です。

あなたなら私よりもっと角度を変えて、もっと奥深い風景を見ることができるかもしれませんね。

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ