鍼灸講座体験記 その4

金成万先生の講座が終了した途端、私には何にも残っていないと気が付きました。

治療ができないのです。

先生の教えてくれた内容は、韓国手指鍼学会の講座の内容だったのでしょうが、それだけでは全く役に立ちません。

日本の資格を持った鍼灸師があふれかえっている中で、生き残っていくには余り役に立たない知識でした。

韓国では制約があり手指鍼学会の多くは、素人の方たちでした。

素人に鍼の刺し方を教えて自分の病気を安価に治せる、そのようなふれこみでしたので韓国高麗手指鍼は急速に普及したのでした。

何はともあれこれで営業していこうと決めたので、自分なりに今まで覚え習い読んだ知識を集めて、とりあえず患者さんを診ていました。

その中で独自の技術開発が出来て来たのです。

しかしそれはまだあとのことなので、その当時はかなり悩みました。

そこで武蔵小山で健康館を開いている小茂田裕久師ほかで相談し、韓国の状況把握に行こうという話になりました。

学会も今のところではなくもっと町の中心にあったと思います。

会長にお会いし歓待を受け翌日は小茂田先生の知り合いの、韓国人のところへ手指鍼の刺し方を習いに行きました。

学術大会で鍼管を使わずに鍼を刺していたので、皆興味を抱きメインの訪問先と言うわけでした。

ところが訪ねると鍼灸院ではなく気功治療所になっていました。

それは資格を持たないで営業していたので捕まりそうになり、やむを得ず商売換えをしたということです。

なにはともあれ我々の関心は鍼管を使わずに刺すことは、痛みを極端に減らせるか否かでした。

その頃は日本でなぜ普及し無いのかと言う疑問の最重要点は、この刺鍼時の強烈な痛みが日本人に耐えられないのではないかと言うことでした。

ところが実際打ってもらうと、鍼管使用よりはるかに痛いことが分かりました。

期待が大きかったのでかえって落胆時のショックは大きいものがありました。

日本でも鍼管と言うものがなぜ発明されたか、江戸時代に盲目の杉山和一検校が、鍼管を発明した経緯を思い出せば簡単なことなのですが、当時は教科書も何も情報が乏しい時だったので、この旅は大変有意義なものでした。

そんなレベルなんだと分かったからです。

手指鍼で開業して6年ほど経過した時、韓国人の留学生が来ました。

国立大学留学なので優秀な学生でした。

肝臓を壊したというので韓国で手指鍼講座を受け、自分で治そうとしたのだが歯が立たなかった。

というわけで当院に来たというわけです。

内臓までの疾患は日本の伝統的な鍼灸でも、相当の経験と技術がないと治せません。

手指鍼がいくら効果の高い治療法でも、それを引き出すには簡単にはいきません。

鍼治療は一見シンプルなのですが、実は習得するには困難が多いのです。

特に歴史の浅い高麗手指鍼には、越えなければならないハードルが多かったのです。

それでその頃は様々なことに自問自答し、一から疑問を掘り起し考えに考え抜き、それを実際の治療で確かめることの繰り返しでした。

このことが後に金成万師と二人で話し合った際に生きたというわけです。

先生の質問に私が的確に答えたのでそこで初めて先生も私を認め、こちらの質問の先生の答えに合点が行って、そこで今度は私が先生の実力を認識したというわけです。

先生は韓国では無資格でしたが大学卒と一定のレベルだったので、独自の研究を行って様々な問題点を研究していました。

それが日本に呼ばれ日本で資格を取り営業していく中で、様々な研究と気功を修得され一段と高みに登ったたみたいでした。

残念ながら交通事故で亡くなられているようで、生きておられたら今の私の研究成果に目を見張られるかもしれません。

当時和訳された「高麗手指鍼講座」はなかったので、雑誌「医道の日本」に掲載された記事をコピーし集めたことがありました。

この中で発表者に博士号が付いていたので、高麗手指鍼学会参加者にはハイレベルな研究者がいるのだと驚きました。

のちに笑い話ですが「実は・・・博士だった」ということが分かり噴飯ものでした。

名古屋には篠原さんと言う方が、高麗手指鍼に注目し広めたということでした。

彼が韓国から講師を呼び講義をしてくれることになりました。

幸運にも私も招かれることになりました。

韓国の大学で漢方医の卵に手指鍼を講義しているということでした。

基礎的な講義内容で目新しいものはありませんでした。

「若い時は1日200人ほどの患者さんを診たことがある」と仰ってました。

最後にこうも仰ってました。「私が治せるのは気功を使えるからです。」

ふ~んやっぱりそうなんだ。

韓国の先生は正直でした。

その後大会で1度だけお見受けしましたが、その後は見なくなり今どうされているでしょうか?

手指鍼講座の体験記はこの程度でした。

金成万師はおそらく100名程度、そり以上かも分かりませんが生徒を教えていました。

その方たちがみんな高麗手指鍼をメインにしていれば、かなり普及してるはずですね。

昨年学術大会でお会いした旧知の名古屋の先生も、高麗手指鍼を一時辞めていたように伺い、やはり厳しいものがあることを実感しました。

日本の中でこのあふれるような様々な治療法が存在する中で生き残るためには、ほかで治せないものを治療できないと厳しいものがあります。

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