鍼灸あんまマッサージ師の環境が変わる?

以前からそうでしたが学校卒業して、すぐ自信をもって鍼を打てる人間はいなかった。

そこで先達はまずマッサージで生活の基盤を築いて、10年ほどの間に弟子入りして鍼師に業務を移していきました。

しかし学校制度が変わり鍼灸の学校のみが増え、卒業しても生活の糧はどうするんだろうと思っていました。

私が生徒の時30年も前ですが、開業できるのは30人に一人と言われていました。

今はおそらく百人に一人でしょうか?

先日ネットで検索していたら何気に目に留まったのが、「鍼灸整体院」の文字でした。

やっぱこうなるよなあ?

以前購読していた鍼灸の雑誌に、「ヨーロッパのマッサージ事情」を見学してきた方の、インタビュー記事が載りました。

そこでは「ヨーロッパにはマッサージ免許がない」というものでした。

私はそれを読み驚きましたが、もっと吃驚したのは聞き手が鍼灸関係者だったとおぼろげに覚えていますが、その方が「それは素晴らしい」と発言したことでした。

日本では指圧や強擦と言って、強い刺激を与える手技が多用されるので、やはり教育を受け免許が必要であると理解していました。

でも「職業選択の自由」で法律に縛られない「整体」は、今やだれにでもでき普及してきたのです。

最も数年前議員会館でも骨折したと、週刊誌ネタにもなったので、一概にどうのこうの言えないでしょうが。

さて鍼です。

お灸はもともと民間療法でもあったわけで、職業にするには資格が必要です。

しかし温灸が現れて、お灸と似て非なるものなのですが、一般的には区別されていない。

お灸が熱い痕が残ると敬遠される方に行って、本来の治療効果が見失なわれています。

鍼はどうなのでしょうか?

電子鍼なんてのも売ってますね。

機械を買えばツボに電気を流す、良導絡のように手軽に家庭でできるものもあります。

これらの多くは「腰痛肩こり」治療目的です。

テレビで有名脚本家が有名外科医と話していた時に、外科医が「将来我々の仕事も無くなっているかもしれませんね」と言ってました。

同席していたもう一人の医師が「えぇっ!」て驚いていました。

脚本家が「それは薬が進化するからですか?」

「ええそうです」

この会話からもう先を見据えている人は、本屋でもレコード屋でも何の業種でもそうですが、いつまでもその職業商売が今のままでいられる保証はどこにもないのです。」

私は秋葉原が好きで良くいくのですが、50年弱の学生時代から比べて、今は別世界の光景が広がっています。

もっとも秋葉原という街自体が、そのような性格を持ったところなので、別に大きな変化に対し感傷の思いは全くないのですが。

芭蕉の言葉「不易流行」の不易でとどまるにしても、微妙な変化は必要ですし。

不易でいられたとしても、マーケットを考えればそれはますます限定し縮小し、消えていく運命の未来しかありません。

鍼はどうでしょうか。

私の研究の現時点での視点では、腰痛肩こり主体では消えていく治療技術になります。

ディメンションという言葉を使っていますが、中国大陸で発明された鍼術では、ほとんど運動器疾患までしか治せません。

内臓疾患を治せるとしたら、治療家の気を使って免疫の調整までできないと、真に治せる治療にはならないからです。

ディメンションⅠでは原始免疫しか備えていません。

それさえも現在もコントロールできてはいません。

進化とともにできた免疫は、ディメンションⅡとⅢのツボを調整しなければ、コントロールできないのです。

現時点での鍼技術は人間の進化については考えが及んでいません。

二千年あるいは三千年前に発明されたものですから、進化していた体のことまではわからなくて当然です。

しかしそのような背景でも、鍼灸の源典にはそのことを考慮して、やってはいけないこと治療してはいけないことなどを、わからないながら戒めているのです。

鍼灸を考えた二千年前の先達は、とてつもない能力と洞察力を備えていたのです。

さて鍼灸がこの先まで存在するためには、現時点でもそうなりますが、いつまでも古典に返れではなくそこから目に進まないとなりません。

本当かどうかわかりませんが最近患者さんから聞いた話で、「鍼灸院で10年先まであるというところはないそうですね」

こんなブームのラーメン店でも、毎年1000点近く開店し同じだけ閉店する時代、鍼灸も昔日と同じようにしては、やがて消え去る運命なのでしょうか?

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ