やはり出ました「マッサージ資格問題」

前回書いたことが「クローズアップ現代」で、ちょっと重なるところがあり驚きました。

法律はいつも後追いなのですね。

5年ほど前だかに国会内でマッサージを受けた民主党議員が、ろっ骨を骨折していたと「サンデー毎日」に2週にわたり問題記事になったことがありました。

資格取得者がそれも国会内で行った施術で、骨折事故を起こしたということで衝撃でした。

しかしこれは学校制度の中に問題があるわけで、その学校制度も新しくなってもっと改悪されてきたのかもしれません。

諸外国ではそもそもマッサージに資格はいらないと聞いています。

それは日本のように強く押す揉むなど、強刺激はしないのが理由だと聞きました。

でもいまさら資格のあるなしに係らず「マッサージ」の言葉が普及してしまっている限り、取り締まることは不可能なのでいっそ資格をなくすしかないのではないでしょうか?

その代わり事故が起きた場合の罰則を厳しくするとか、テレビでは泣き寝入りの患者がいましたが、これらの救済を厚くするなどの対策が重要かなとは、マッサージは行っていないものですが感想を持ちました。

でも私「あんま」はできますよ。

あんまはひび割れ程度の骨折は手で治せる、知っていましたか?そこまでできるのがあんまの技なのですよ。

それは学校の中では決して学べません!

格好は学べます。

本質は自分で獲得するものなのです。

やはり社会の中で必死こいて体を動かし、あんまの技とは何か?その技を習得するにはどうしたらよいのか?模索する中でほんの一握りの人が「気付き」を得て「あんまさん」になることができるのです。

学校では「あんま」と呼べるのは、日本で5人くらいかなと仰ってました。

私は心の中で「も一人私も入れてほしい」と叫んでいましたが、まだ3年生になりたての頃でしたので、隅っこで静かにしてましたが。

その本質は「気」なのですが、いくら体を鍛えたって、武道を一所懸命したって身につくものではありません。

「道 ドウ」と名の付く日本の様々な道は、本質に気づかないと到達できないのです。

そこは教えてもらうものではなく「気付く」ものなのです。

学校ではお教えられません。

教えられるような人がいたなら、学校にはいません。先生などしてません。

その技があったら開業して毎日患者が行列をなすほどの評判が立つからです。

今回はこのことを書きたいわけではなかったのです。

そこで次回に分けて「今の研究段階ですが書いてみましょう」

テーマは「鍼灸の治療の限界」です。

鍼灸でどのような疾患でも治せたら?それはそれで素晴らしいのですが?

二千年続いて来た鍼灸は、現時点の私の研究では、限界が見えてきました。

一般認識では腰痛肩こりが鍼灸の適応の限界です。

それは正しい認識です。

学生時代教師が「将来鍼灸が消え去っては困るので、私の技を教える」と言ってましたが、それも腰痛肩こり鎮痛までが限界でした。

なぜそんなことがお前には言えるのか?

それは脳の進化とそれに伴うツボの出現、免疫システムとその進化を研究すればするほど、鍼の限界と進化が見えてくるのです。

二千年前から知られている鍼灸理論やツボは、脳の中ではディメンションワンの魚の脳の時代を超えられないのです。

唯一そのことを打ち破ったのは、耳鍼創始者のポール・ノジェ博士でした。

しかし博士の研究ではディメンションの意味までは解明されず、また治療に関しては医師のはりということもあり、気の治療の限界がありました。

ディメンションワンは魚を考えれば、運動に関しては脳ではなく脊髄神経がコントロールしている、免疫に関しては原始免疫にとどまる。

腰痛肩こりを治せても内臓疾患まで、とその範囲を広げようと思っても、その治療には限界があります。

いわゆる達人なら気のパワーで、限界点を突破できたのかもしれません。

しかし多くの病気の引き金や原因が、自己免疫の障害や免疫低下による体内の常在菌ウィルスと言われています。

現代医学でもこれらに対処する根本治療はない。

いわんや伝統的な鍼灸では対処ができません。

進化とともにえた「獲得免疫」を調整する方法はありませんでした。

二千年前中国の大陸にいた、東洋医学の達人は進化や人間の生理解剖は知らなくても、そこを思索で補って治療の幅を広げていました。

原典の漢文を読み込んでも鍼灸治療を進化させることはできません。

目の周りに刺したり頭皮に刺したり、足に刺しても手に刺しても、それは二千年前からやってきたことと本質は同じです。

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