鍼灸講座体験記 その2

山下詢先生の講座は途中からの参加でした。

途中から参加できるのは異例のことらしく幸運でした。

東洋鍼灸専門学校の大先輩と言うことがあとから分かりました。

先生の講座は2年制で、基礎講座と上級講座と2本立てでした。

東洋医学の基礎を学ぶために参加している者が多い、そのような王道の位置を占めていました。

卒業後10年も経過しているのに、ここに参加して初めて東洋医学の何たるかが理解できたという人もいました。

そのような方も多くいて、学校で学びきれない知識を補完するような講座でした。

その頃は古典の現代語訳も少なく、高校程度の漢文では太刀打ちできない、古典を理解するのは学生では至難の業でした。

先生は古典を分かりやすく噛み砕て説明されるので、疑問に思っていたことが氷解することが多かったのでしょう。

私は治療もお願いしました。

その縁でお願いして3年生になる春休みに、10人の同級生に脈診を教えてもらうことになりました。

会場を決め仕事帰りに集まって、合計2日間行いました。

先生も「寺子屋みたいで楽しいねえ」と喜んでくれました。

先生は脈診の大家です。

脈診を駆使したり語ることができる先生は多いでしょうが、脈診を分析し簡単に修得する方法を考えられたのは、山下詢先生以外には知りません。

3年生になりこの10人は3週間以内に証を立てることが出来ました。

勿論脈状診まではいきませんが。

先生の講座はハイレベルな講義でした。

福島弘道師のセミナーがおそらく俺についてこい、ついて来れば何とかしてやると言うような親分肌のセミナーで、山下先生のセミナーはとてもスマートな形でした。

ですから多くの先輩たちがここを通過していくのですが、ここに残ることは少なかったように見えました。

独特の奇経治療であったのも関係しているのかもしれませんが。

計2年半以上通いました。

後輩にも紹介してかなり参加人数が増えたことがありましたが、合わないと言って途中で退会した者もいました。

目標設定がなされていないといくら評価の高いところでも、自分の中で葛藤が生まれて来るのでしょう。

診断方法で入江式FTを学んだことがあります。

これは脈診以上に感覚的な面が強調されすぎて途中で通わなくなりました。

船頭多くして船山に登るの譬えをここでは思い出してしまいました。

感覚を学ぶにはまず自分の得意な感覚をまず備えて、新しい診断方法はそれと常にクロスチェックを入れていかないと、中々習得するのは難しいと思いました。

その後に通ったのが金成万師の高麗手指鍼講座でした。

韓国でしか学べないものを日本で学べるありがたさがありましたが、授業料は当時としては破格の20万円でした。

この中に先生が行っている気の講義はありませんでした。

だから弟子入りと言う形になるのですが、それは前に書いたように弟子入りの中で師の治療の気を伝える、それが師の考え方にあるかないかが問題なのです。

金先生は気でがんでもほかの病気でも治していましたが、その気を我々に教えることも伝授することもありませんでした。

多くの講座セミナーでも気については語っても体験することなないでしょう。

いろいろな問題が講座やセミナーには横たわっているということでしょう。

学生時代にもこれは私が見つけた新しいツボだと言っていた先生もいました。

新中国ではこれは我々が見つけた新しいツボですと言っているそうです。

両者とも同じ類のもので、要はどこから治療師が気を注入しやすいかの問題に帰してしまうのです。

ただ名人や達人ではない我々にとっては、自らの気を注入するにしてもやはり理論に基づき、効果的なツボの選定を行わなければなりません。

それでなければ治療の再現性ができないからです。

その意味でも耳鍼のノジェ博士の創造した、位相の研究は私にとって大いに参考になるものです。

これによって高麗手指鍼が大発展する可能性を切り開けるものと考えます。

最後にまだ昨年参加したばかりですが、山元敏勝医師の発明された山元式新頭針療法は、高麗手指鍼の補完としても利用でき、また全く新らしい観点からの鍼治療法として注目すべきものです。

医師の行うセミナー参加は新鮮で、今まで経験したことのない明快なものでした。

実技にしても即効性あるもので、驚きのセミナーでした。

いろいろなセミナーに参加させていただき、今考えてもそれぞれ何かしら得るもがありました。

要は受け手が明確な目的意識を持つこと、教授する方は理論や鍼の刺し方を述べるだけでは、一人前の鍼灸師は育てられないということなのでしょう。

果たして自分が行ったときは、どのくらいまで追究できるのか、ワクワクしますね。

と同時に今までなぜ講座を持たなかったというと、責任を持てなかった自信がなかったことにつきます。

高麗手指鍼は名前をある程度知られていても、どこまで治せるか治し方を教えられるか、自信がありませんでした。

特殊な鍼を教えることは、期待して受講する鍼灸師一人一人の人生に、おおきな責任を持たなければならないからです。

壇上で能書きをしゃべるのではないので、責任は重くまだ自身でもこの鍼の使い方をマスターしない状態では、その任は重すぎたのです。

しかしいままだ完全とは言えませんが、ディメンション(位相)を見つけその運用もはじめ、初めてこの鍼の潜在能力を引き出せる確信が湧き、且つ教える自信が出ていたというわけです。

はてさて来年からどのように教えようか。

先達の教え方を思い出しながら、考えを巡らしているところです。

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